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the End of AnimeLife

『あまちゃん』感想文エッセイ同人誌を出しました http://eal.hatenadiary.jp/entry/amaj

あまちゃんとリア充

 この文章は、押井さんid:ositoの話をヒントにして書いたメモです。あまちゃん同人誌アウトテイク。冬コミhttp://twitcmap.jp/?id=0085-3-RAh-46-aで何か新しい本を出すかも?


 ぼくが感じたのは、『あまちゃん』には普通のテレビドラマによくあるような、気取ったところがないということ。この、気取りとは何なのかについて。
 普通のテレビドラマを見て感じるのは、出演者やスタッフが勘違いをしているのではないのかということだ。実際にはテレビドラマなどそれほど大したものでもないのに、自分たちは格好いいことをやっていると、ぼくの目には映ってしまい、それで白けてしまう。いわゆる上から目線のようなものを感じて、不愉快になる。
 この感覚が何かに似ていると感じた。ぼくの知り合いに居ない、いわゆる「リア充」と呼ばれる人達に対する嫌悪感だ。ここでの「リア充」の定義は、ウェブこそが自分の居場所であるなどと考えない、普通の社会生活や交友関係で満足し、「おたく」を下に見ている人達だ。ぼくは自身を「おたく」に属していると感じていて、「リア充」とは敵対する、自分たちと異なる人種だと感じてしまっている(実際にそのようなことはないのかもしれないが)。普通のテレビドラマとは、そのような「リア充」による「リア充」のためのコンテンツなのだ。要するに、普通のテレビドラマには「おたく」を刺激するツボが無いので、ぼくにとって退屈でつまらない。普通のテレビドラマは、自分とは関係ない世界の話だということになる。
 しかし、「リア充」も『あまちゃん』を見ていたはずだ。NHKの朝ドラだから、多くの人達が見ていたはずだ。『あまちゃん』の面白さについては、「リア充」がどうこうでは説明できない、何か別の理由があるだろう。